2010年、史上6校目の春夏連覇を達成した沖縄県の興南高校。
夏の甲子園制覇の瞬間は、深紅の大優勝旗が、沖縄に初めて渡った瞬間でもあった。
そんな興南を指揮しているのは、我喜屋優監督である。
我喜屋監督は一言で言えば、不可能を可能にする開拓者である。
選手時代、興南の4番センターで県勢初の甲子園四強進出の快挙である「興南旋風」の立役者となると、社会人野球では北海道勢初の全国制覇を経験。
また、母校の監督に就任すると3ヶ月後には甲子園出場を決め、4年目には史上6校目の春夏連覇を達成した実績を持つ。
我喜屋監督は、どんな環境にも言い訳をしたり、弱音を吐くことをせず、可能性を信じ挑戦し続けている。
そのため、批判や反発、反対はされることも少なくなかったが、諦めることはしなかった。
「月を見てうさぎが住んでいると思った人はそこまでの人。何とかすれば行けると思った人がいたから、人類は月に行けるようになった。行けるって言った人は、最初は批判されたと思うよ。野球も同じじゃない。」と、自分や選手達を信じ続けている。
努力や練習などだけでなく、「最後まで信じること」が何かを叶えるのに、必要な要素なのかもしれない。