2004年、2年連続出場となった夏の甲子園で、4強進出を果たした、山梨県の東海大甲府高校。
当時、チームの代打の切り札として、甲子園の準決勝でタイムリーを放つなどの活躍を見せていたのは、郷州征宜選手である。
郷州選手は、生まれながらにして難聴の障害があり、それが原因で、小学生時代にはいじめられることもあった。
そんな辛さを乗り越えるために、強くなりたいと考えた郷州選手は、兄の影響で野球を始めることとなった。
当初は、仲間の声や指導者の指示、打球の音が聞こえないことで、苦戦することも多かったが、人一倍の努力と周囲の協力で、克服していった。
また、持ち前の運動神経の高さを発揮し始めた、中学時代には日本代表として世界大会出場を経験するなどの実績も残し、いじめられることもなくなっていった。
強豪の東海大甲府進学後も、実力でレギュラーを勝ち取ると、調子を崩しスタメンから外されながらも、甲子園出場に貢献した。
迎えた、甲子園では代打として登場し、準決勝では優勝校相手にタイムリーを放ち、聖地に足跡を残したのであった。