「常に実践をイメージして、練習すること」/ 明桜 輿石重弘監督

春夏合わせて10回を超える甲子園出場を誇る、秋田県の名門、明桜高校。

かつては、秋田経法大付として、昭和の終わりから甲子園常連校となり、初出場の昭和56年のセンバツでは8強、平成元年の夏の選手権では、4強の成績を残している。

平成5年以降は、甲子園に出場するも7連敗中と、やや苦しんでいるが、令和元年の東北大会では準優勝するなど、県や地区では上位進出を続けている。

明桜高校は、専用の野球場や東北の最大の敵である「雪」にも屈しない室内練習場があり、気候に左右されない恵まれた練習環境が存在しているものの、監督が何度も交代したり、不在の期間が続いていた。

そこで、監督募集をインターネットで呼びかけた際に、応募し採用されたのが、山梨の帝京三での指導経験のある輿石重弘監督である。

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輿石監督は、帝京三時代にプロ野球選手を育てると、明桜では、監督就任から僅か4ヶ月で8年間遠ざかっていた甲子園へチームを導くなどの実績を持っている。

明桜の監督に就任した際には、選手たちの気持ちを知るために作文を書かせたり、選手たちとの距離を縮めるために寮に泊まりこみながら、寝食を共にし、徐々に信頼関係を築いていった。

練習中にも選手たちを闇雲に叱るのではなく、選手たちと一緒になり喜んだり、悔しがったりし、見守りながらチームを育てている。

短期間ではあったものの、真剣に向き合ってくれる輿石監督を日本一にしようと、選手たちが団結したことで、短期間での甲子園出場ができたのであった。

また、輿石監督はメンタル面の指導も行い、不安を自信に変える工夫を凝らし、気持ちの面で負けないチームを目指している。

地方大会で勝ち進んだ際には、今後の活躍を想定した「予祝ムービー」を作成し、選手たちに鑑賞させてモチベーションを高め、余裕を持った状態で試合に臨ませている。

2019年2月より、プロ野球の世界で監督やコーチとして活躍した尾花高夫氏が総監督兼コーチとして就任したこともあり、輿石監督は、更にチームの精神面を支える役割を担っている。

そして、尾花氏が練習に話すプロ野球の世界の様々な経験談を選手だけに聞かせるのではなく、監督自らも聞くようにし、日々選手たちと共に成長を続けている。

平成中盤は苦しんだ明桜高校が、令和の時代に再び甲子園で上位進出をする日は近かそうだ。

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