「練習試合も甲子園の試合も同じこと」/ 宇部商業 玉国光男監督

甲子園で数々の名勝負を繰り広げたことで、「ミラクル宇部商」と全国の高校野球ファンから親しまれていた、山口県の宇部商業高校

そんなチームを約30年間指揮していたのは、選手時代に主将として甲子園へ導いた実績も持つ、OBの玉国光男監督である。

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玉国監督は、公立高校としては珍しい、教員として授業やクラスを持つことはせず、部活の顧問にのみ専念するといった立場を確立した、職業監督であった。

そのため、生徒たちとグラウンドの外で接する機会は少なく、性格や個性を把握する時間は限られていたが、足りない部分を練習中に補おうと、何気ない仕草も見逃さず観察を続けていた。

また、グラウンドや学校生活の過ごし方を細かく示した、「野球部11項目」といった掟を作り、ルールに対しての取り組む姿勢を見守り、時には、一般生徒とも交流して、情報収集を行っていた。

本来、職業監督という立場であれば、野球の技術指導や、スキルアップのためのノウハウを教え込むのが一般的であるが、そうしなかったのには、公立高校故の課題があったからであった。

宇部商業の入部希望者は、中学時代に実績を残していた選手ばかりではなく、実力だけでは、全国以前に県大会を勝ち抜くことすら難しかい状態であった。

この課題を乗り越えるためには、選手の特性を見極め、適正なポジションへとコンバートし、試合で全力を出しやすい状態へと仕上げることが、最善策であったのだ。

もちろん、起用だけでなく、練習も公立ならではのスタンスで、派手なメニューを一切取り入れず、基礎基本を繰り返し、公式戦で発揮できるようにするための、準備の時間として使用していた。

球史に残る「ミラクル」と語り継がれるチームの快進撃を支えていたのは、玉国監督宇部商業の選手たちの、地道で平凡な、練習の積み重ねなのであった。

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