「リスクを恐れて周りができなくなるなら、そこを追求していく」/ 早鞆 大越基監督

選手時代に投手として甲子園準優勝を成し遂げ、その後もプロ野球選手として活躍した経歴を持っていたことから、監督就任時に、大きな話題を呼んだ、大越基監督

大越監督は、プロ野球を引退後、かつて、夏の甲子園準優勝を成し遂げた山口県の古豪、早鞆高校の復活をOBから託され、指導者人生をスタートさせていった。

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就任当時の早鞆は、半世紀近く甲子園から遠ざかっていたこともあり、「勝利」に対する気持ちは低く、在籍していた部員も12人と、まさに低迷期であった。

それでも、チームを何とかして甲子園へ導きたいと考えた大越監督は、自身の野球キャリアで学んだことを選手に伝え、技術の向上を目指していった。

しかし、第一線で活躍していた自身と、大きな実績を残していない選手たちの間には、大きな溝があり、高いレベルの話をしても伝わらないことが多く、結果がなかなか出ない状態が続いた。

そこで、理解力を高めるためには、人として成長することが重要であると考え、人間的な部分の強化を指導の軸とすることを始めた。

手取り足取り教えることをやめ、ダメなことがなぜダメなのか、そのミスはなぜ起こったのか、などの原因や理由を常に考えさせるような、「教えない教え」で思考力を鍛えさせている。

もちろん、ヒントを与えたり、サポートをすることもせず、選手個人やチーム内の生徒たちだけで話合わせ出た結論を実行させるため、成長の速度は選手に委ねられ、望むような結果が出ないというリスクもある。

それでも、目先の結果ではなく、選手たちの将来を見すえた上で、現在のスタイルの方が、得られる成長は多いと考え、ぶれずに続けている。

大越監督早鞆高校共に後一歩で、果たせなかった甲子園優勝へのリベンジ物語に、今後も目が離せない。

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