「どん底を味わって初めて成長をする」/ 愛工大名電 倉野光生監督

多くのプロ野球選手を輩出し、甲子園では2004年のセンバツで準優勝、翌年には全国制覇を記録している、愛工大名電。  

そんなチームを1997年から指揮しているのは、OBの倉野光生監督である。

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愛工大名電には、「野球は生活だ、生活が野球だ」という伝統のスローガンがあり、入学から引退までの間に寮生活を通して、野球の技術と人間性を成長させている。

起床から消灯まで常に隣にライバルがいる環境が、選手たちに自主性を促し、自然とレベルアップができる仕組みになっている。

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しかし、他人と比べることをしない今時選手たちにとっては、この環境だけでは選手は育たないと考え、倉野監督は厳しさの使い分けを行い指導している。

努力不足で調子を落としている選手には、厳しく叱責することもあるが、自ら考えて取り組んでいる選手にいは、必要以上に言葉をかけず、型にはめることもしない。

周囲とは調整や練習の方法が異なっていても、選手が自分なりに考えて行動している場合には、理論を否定せずに個々のスタイルの確立をサポートしている。

時にはタイミングを見計らい、選手をどん底を経験させることもあるが、理不尽ではなく根拠を示して指導し、成長へのターニングポイントとしているのだ。

倉野監督の采配だけでなく、日々の指導が愛工大名電の強さを支えているのだろう。

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