「勝負に勝ち負けはあるが、相手の名前に気後れすることは許さない」/ 日大山形 荒木準也監督

2006年の88回大会まで、出場地区で唯一の夏の甲子園8強進出がなかったことから、全国最弱というレッテルを貼られていた、山形県勢。

そんな山形県の高校野球史に終止符を打ち、その後も記録更新を続けているのが、日大山形で指揮を執る、荒木準也監督である。

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荒木監督は、高校時代には日大山形のユニフォームに袖を通し甲子園出場を経験すると、大学、社会人野球でも活躍を続けていたことから、県勢の躍進を期待され、監督に就任した。

就任当初は、自身の野球キャリアで学んできたスキルを中心に指導し、走攻守全てにおいて、レベルの高い野球を目指していた。

しかし、納得のいく結果は得られず、チームは甲子園出場はおろか、県予選の初戦でコールド負けを喫するなど、苦戦を強いられていた。

そこで、技術を重視した従来の野球ではなく、人間性を重視した教育としての野球を意識するようになり、チーム作りをする上でも、野球以外の所にも厳しく指導をしていった。

道具を大切に使うことや、挨拶と返事を正しくすることなど、野球以前のことにも力を入れたり、生活態度や人との接し方など、グラウンド外のことにも、ルールを決めるなどし、人を育てることにこだわった。

また、技術が足りないことに対して叱責するのではなく、気持ちの持ち方や、準備をすることなどで補うように伝え、メンタル面の指導にも時間を充てた。

遠回りで苦痛を伴う努力ではあったが、甲子園では、技術だけでなく、日々の生活で得た我慢強さを武器に闘い、 06年夏の8強、13年の夏4強進出を果たしたのであった。

最弱から強豪にまで進化を遂げ、更なる成長を続ける日大山形荒木監督が目指す次なるゴールは、県勢初の決勝進出と全国制覇である。

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