「いいことも悪いこともあるが、頑張れば誰かが見ている」/ 鳥取城北 阪上陸選手

2020年の夏に行われたセンバツ出場校による甲子園交流試合に出場し、惜しくもサヨナラで敗れも熱戦を繰り広げた鳥取城北高校。

当時、チームのエースを担っていたのは長身から投げ下ろす角度のある直球と、抜群の制球力が持ち味の阪上陸選手である。

阪上選手は、小学2年生から野球を始めると、6年時にはジュニアチームに選出され、中学ではシニアチームでも活躍し、周囲からも強豪校への進学が期待されていた。

しかし、中学2年時に怪我の治療のために処方された鎮痛剤の副作用により、尿細管間質性腎炎を発症すると、2ヶ月も入院するなど病気に苦しめられた。

更に、体重の激減や体力の低下といった肉体面の変化だけでなく、腎機能の低下で日焼けに弱くなったことから、医師からは野球を辞めることも勧められていた。

そんな阪上選手は何もかも諦めかけていたが、早くから能力を評価していた鳥取城北を指揮する山木監督はサポートや受け入れることを約束し、野球を続けるよう促してくれた。

入学後は、通院や病状を考慮し監督や仲間が練習を手助けしてくれたこともあり、2年秋からは背番号1を背負い、恩返しを合言葉にチームを地区大会準優勝に導き、センバツ出場を決定づけた。

翌年のセンバツ選手権はコロナ禍で中止となったが、交流試合ではリリーフとしてマウンドに上がり、敗れはしたものの精一杯の投球で感謝と野球ができる喜びを見せたのであった。

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