3季連続の出場となった、2007年の夏の甲子園で、チームとして26年ぶりの8強に進出した愛媛県の今治西高校。
当時チームのエースとて、2年時から投手の大黒柱として、3季連続の甲子園のマウンドを経験したのが、熊代聖人選手である。
熊代選手は、中学時代に全国大会に出場するなど、数々の実績を残しており、全国の強豪校から声がかかる存在であった。
しかし、野球だけをしていては、周囲から応援してもらえないことや、社会に出てからのことを考え、県内有数の進学校である今治西へ進学をした。
1年時は、怪我に悩まされるも、2年夏にはエースとして甲子園出場の立役者となった。
2年の夏の甲子園は16強に進出し、秋の大会では、四国大会準優勝を果たすなど、翌年のセンバツの優勝候補に名前が挙がるほどになっていた。
だが、センバツ前に熊代選手とチームは突如調子を落とし、センバツでは2回戦で敗れ、その後は、県内の格下相手にもコールド負けを喫するなど、苦しい状態が続いていた。
それでも、最後の夏には、監督の助言で開き直り、甲子園8強に進出する快進撃を見せ、続く国体では、夏の甲子園で敗れた広陵を決勝で敗り優勝を果たし、高校野球を最高の形で終えた。