「自分が足りないと思ったことは、自分で考えて練習する」/ 静岡 堀内謙伍選手

2015年の甲子園に春夏連続で出場し、16年ぶりの出場となったセンバツでは、チーム最高成績に並ぶ、8強まで進出した静岡高校

当時チームの打線の中軸を担い、3季節連続の甲子園出場に大きく貢献していたのが、正捕手を務めていた、堀内謙伍選手である。

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「選手を怒る前に、自分の選手時代を振り返ってみてください」/ 智弁和歌山 高嶋仁監督

甲子園で最も勝利を挙げた、智弁和歌山高嶋仁監督には、誰にも負けない「勝利への執念」があったからだろう。

圧倒的不利な状況でも、終わってみれば智弁和歌山の大逆転で幕を閉じていた、という試合がいくつも存在し、甲子園ではちょっとした名物にもなっている。

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「1番をつけている限り、マウンドは譲りたくなかった」/ 日本文理 飯塚悟史選手

2013年の神宮大会準優勝を成し遂げ、翌年の夏の甲子園では、4強進出を果たした新潟県の日本文理高校。

当時のチームをエースとして支えていたのは、常時140キロを超える制球力抜群のストレートを武器としていた、飯塚悟史選手である。

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「オフの時期はチームワークは必要ない」/ 大阪桐蔭 西谷浩一監督

平成最強」と称される大阪桐蔭の強さを支えていたのは、独自のチーム作りであった。

チームを指揮する西谷浩一監督は、団体競技の最大の難点である「個々の育成」と「チームワークの強化」の両立をバランスよく行い指導している。

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「何か目標がなきゃモチベーションは上がりません」/ 聖光学院 園部聡選手

2013年のセンバツ大会で、チーム最高記録の8強に進出した福島県の聖光学院高校。

当時チームの主軸を務めていたのは、1年時から4番打者として活躍し、高校通算59本塁打を記録した園部聡選手である。

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「一人では何もできない、だけど、一人が始めないと、何も変わらない」/ 県岐阜商 鍛治舍巧監督

春夏合わせて4度の全国制覇と、公立高校として最多の勝ち星を甲子園で記録している、県立岐阜商業高校。

チームを2018年から指揮しているのは、秀岳館の監督として3季連続で甲子園4強へ導いた実績を持つ、OBの鍛治舎巧監督である。

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「マウンドに立っていれば背番号は関係ない」/ 光星学院 城間竜兵選手

前年夏の準優勝校として臨んだ2012年の甲子園で、春夏連続で準優勝を果たした、青森県の光星学院

当時のチームで、甲子園史上初となる背番号4での春夏連続甲子園完封勝利を挙げたのが、野手としても活躍していた、城間竜兵選手である。

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「負けで全てが消えるわけじゃない」/ 尽誠学園 西村太監督

1983年の初出場後、甲子園で春夏合わせてを15を超える勝ち星を挙げ、2度の4強進出を記録している、香川県の名門、尽誠学園高校。

そんなチームを2017年秋から指揮しているのは、部長時代に4度甲子園に導いた実績を持つ、OBの西村太監督である。

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「自分が率先して気迫のこもったプレーをすれば、みんなもついてきてくれる」/ 九州国際大付 三好匠選手

2011年のセンバツ大会で、圧倒的な打力で快進撃を続け、準優勝を成し遂げた、福岡県の九州国際大付属高校。

当時チームのエースを務めていたのは、高校通算23本塁打を記録して、打者としても注目されていた、三好匠選手である。

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