「一球一球を追いかけていくことしか、目標に近づく道はない」/ 済美 安樂智大選手

2013年のセンバツで、初出場時から続く春の甲子園の連勝記録を9に伸ばし、準優勝を成し遂げた愛媛県の済美高校。

当時チームのエースを2年生ながら務めていたのは、全5試合に先発登板し46イニングを投げる力投を見せ、全国から注目を集めた安樂智大選手である。

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安樂選手は、地元の名門済美に進学する際に、「全国制覇」、「球速160キロ」、「ドラフト1位でプロ入り」という約束を上甲正典監督と交わしていた。

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大きな目標を叶えるために、入学後すぐから他の部員以上の練習量を自らに課し、厳しいトレーニングやランメニューにも積極的に取り組んでいった。

練習量が評価され、1年秋の新チームからは背番号1を背負い、秋の県大会と地区大会を勝ち抜きセンバツ出場を決めると、更なるレベルアップを目指し、新たな変化球の取得とストレートの精度を磨くことをスタートさせていった。

迎えた2年春の甲子園では、772球の熱投でチームを準優勝に導き、夏の甲子園では大会最速記録に並ぶ155キロを記録し、日本代表にも選出された。

全国の舞台での数々の成績で周囲から評価や期待をされる一方、「投げ過ぎ」で怪我をしてしまい、2年秋の以降は投球が難しい状態となっていった。

それでも主将としてチームを支える役割とリハビリを並行して行い、最後の夏には約300日ぶりの公式戦のマウンドに復帰を果たし、悲願のドラフト1位でプロ入りを果たしたのであった。

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