高校野球100年の年のセンバツ大会で、北陸勢の悲願である「甲子園優勝」を成し遂げた、福井県の敦賀気比高校。
1994年に甲子園初出場を果たすと、15年のセンバツ大会の制覇や春夏合わせて3度の四強進出など、全国大会でも上位進出を続けている。
そんなチームを指揮していて、北陸勢初の甲子園優勝監督となったのが、敦賀気比のOBでもある東哲平監督。
東監督は北陸勢の最大の敵である「雪」を言い訳にせず、あらゆる工夫を凝らして、選手たちを鍛え続けている。
雪が降り続きグランドが使えない冬の期間には、体づくりや体力強化、振り込み、基本動作の習得などを室内練習場で行い、チームとしてではなく、個々のレベルアップを目指しているのだ。
実戦から遠ざかり試合勘が鈍るというデメリットはあるものの、スキルアップだけに集中して時間を使えるというプラスの面もある。
また、自分のためではなく、チームのために個人のレベルアップをするという共通の意識を持つことで、チームがバラバラになることもないのである。
そして、野球部の冬メニューの定番である「長距離走」を行わないのも、敦賀気比の一つの特徴である。
体力や下半身の強化を「長距離走」ではなく、バッティングや捕球姿勢などの「野球動作」で行う方が、体力とスキルの両方が一度に身につき効率よく成長できるという理由があるからだ。
気候によって練習環境が制限される中でも、時間の無駄遣いや非効率な練習を減らし、「冬のハンデ」さえも強みに変えた敦賀気比は北陸勢初の夏の制覇も可能にするだろう。
「「ハンデを嘆いたところでなにも始まらない」/ 敦賀気比 東哲平監督」への1件のフィードバック