「自分は一人じゃない、守られている感じがした」/ 東海大相模 一二三慎太選手

2010年の夏の甲子園に、33年ぶりの出場を果たし準優勝を成し遂げた、神奈川県の東海大相模高校。 当時チームのエースと主将を務めていたのは、一二三慎太選手である。

「自分の中ではピッチングは『遊び』の感覚なんです」/ 清峰 今村猛選手

2009年のセンバツ大会で、県勢初の全国制覇を成し遂げた、長崎県の清峰高校。 当時の清峰でエースを務めていたのは、150キロを超えるストレートを武器にチームを優勝に導いた今村猛選手である。

「甲子園に出るというよりも、甲子園で勝つためにどうするか」/ 宇部商業 好永貴雄選手

2005年の甲子園に春夏連続で出場し、夏の選手権では20年ぶりの4強進出を果たした、山口県の宇部商業高校。 当時チームのエースとして、地方大会から一人で投げ抜き、甲子園でも全試合を完投する活躍で支えていたのが、好永貴雄選 … “「甲子園に出るというよりも、甲子園で勝つためにどうするか」/ 宇部商業 好永貴雄選手” の続きを読む

「自信は練習でしかつかない」/ 創成館 川原陸選手

2017年の神宮大会で準優勝を成し遂げ、翌年のセンバツでは8強に進出した、長崎県の創成館高校。 当時、チームのエースを務めていたのは、キレのあるストレートと多彩な変化球を操る投球が持ち味の川原陸選手であった。

「ピンチに立った時、いかに我慢できるかが大事になる」/ 高松商業 米麦圭造選手

2015年の秋の神宮大会を制し、翌年のセンバツ大会でも準優勝を成し遂げ古豪復活を全国に知らしめた、香川県の高松商業高校。 そんなチームで主将を務めていたのは、3番遊撃手としてチームの快進撃を支えていた、米麦圭造選手である … “「ピンチに立った時、いかに我慢できるかが大事になる」/ 高松商業 米麦圭造選手” の続きを読む

「大事なのは球速よりも球質」/ 金沢 釜田佳直選手

2011年の甲子園に春夏連続出場を果たし、センバツでは初戦敗退も、夏は16強まで勝ち進んだ、石川県の金沢高校。 当時、チームのエースとして活躍していたのは、最速153キロのストレートでプロからも注目を集めていた、釜田佳直 … “「大事なのは球速よりも球質」/ 金沢 釜田佳直選手” の続きを読む

「敵は自分たちだと思い、自分たちの野球をやりたい」/ 作新学院 添田真聖選手

2017年の夏の、前年の全国覇者としての重圧を跳ね除け、栃木県大会を制して甲子園出場を果たした作新学院。 当時、チームの主将として甲子園出場に大きく貢献したのは、前年の夏にもベンチ入りメンバーとして夏の優勝を経験していた … “「敵は自分たちだと思い、自分たちの野球をやりたい」/ 作新学院 添田真聖選手” の続きを読む

「最後くらい開き直って楽しくやろう」/ 東邦 藤嶋健人選手

2016年の夏の甲子園の2回戦で、9回裏に5点を挙げサヨナラ勝ちで勝利し、球史に残る名勝負を繰り広げた、愛知県の東邦高校。 当時、チームのエースで4番で主将という大役を務めていたのが、藤嶋健人選手である。

「目標設定よりも、目的設定が大事」/ 浦和学院 山根佑太選手

「無冠の帝王」と称されていた、チームの歴史に終止符を打ち、2013年のセンバツを制した埼玉県の浦和学院高校。 当時、チームの主将を務めていたのが、2年次から名門の4番を任されるなど、打の柱としても活躍を見せていた、山根佑 … “「目標設定よりも、目的設定が大事」/ 浦和学院 山根佑太選手” の続きを読む