「努力をしていろんなつらさを乗り越えた選手が甲子園で結果を残せる」/ 西日本短大付 森尾和貴選手

1992年の夏の甲子園で、全国制覇を成し遂げた、福岡県の西日本短大付属高校。

当時、チームのエースを務めていたのは、甲子園5試合全てに登板し、4試合を完封するなどの好投でチームの優勝の立役者となった森尾和貴選手である。

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森尾選手西日本短大付に入学した年の夏、チームは甲子園4強進出し、黄金期を迎えていたことから、全国制覇の夢を掲げ、練習に励んでいた。

しかし、全国の頂点の道のりは決して平坦ではなく、2年時には甲子園出場が叶わず、優勝候補に挙げられた2年秋も県大会で敗れ、センバツを逃すなど、苦戦を強いられていた。

そんな悔しさから、学校の練習とは別に早朝からランニングをしたり、放課後の部活が終わった後にも、別メニューで走り込むなど、徹底した走り込みで下半身を強化に努めた。

体幹が弱いと指摘をされれば、右打者にも関わらず、左打ちの練習を取り入れてまで、バランスを整えた体幹を鍛え、壮行会が行われた日にも、一人だけ休むことなく練習をした。

やがて、辛さや苦しさを味わい続けた、自他共に認める程の「日本一の練習量」は、最後の夏に甲子園出場という形で、報われた。

迎えた甲子園では、準々決勝で1失点を許すも、他の4試合では完封を成し遂げ、防御率0.20という驚異的な数字を残し、優勝したのであった。

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