「自分にないものを支え合うのが人間」/ 佐賀北 百崎敏克監督

2007年の夏、開幕試合での甲子園初勝利から勢いに乗り、全国制覇を成し遂げた佐賀県立佐賀北高校。

2回戦では、延長15回引き分け再試合を制すると、準々決勝では優勝候補の帝京をサヨナラで敗り、決勝では、「逆転満塁ホームラン」で決勝点を挙げ優勝するなど、「奇跡」や「ドラマ」とも表現される熱戦をいくつも繰り広げていた。

そんな佐賀北の名勝負や記録、快進撃を人々は「がばい旋風」と呼び、現在も語り継がれている。

当時チームを指揮していたのは、百崎敏克監督である。

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百崎監督は約40年間佐賀県内での公立高校の指導経験から、個々のポテンシャルの高い私学の強豪に勝つためには、選手全員に「役割」を与え、「組織力」を向上させるべきだと考えていた。

試合での一球を、一人や数人でプレーするのではなく、声かけやサポートも含めた控え選手やスタンドの選手など全員でプレーをさせていた。

強打者相手には、ある選手がデータを分析し、ある選手は投手に指示を出すなど、各自が与えられた「役割」を的確に果たすことで、一球に隙が生まれなくなったのだ。

この「役割」は日常生活でも与えられ、テスト前にはレギュラー選手に勉強を教えるように控え選手に頭を下げたりして常に「責任感」を持たせていた。

そのため、試合での活躍は個人のものではなく、チームのものとして評価し、野球の上手い選手であっても、控え選手に勉強を教わっていることもあるため、調子に乗ると容赦なく叱っていた。

一人一人が、自分の役割に真剣に取り組み、チームの結果に全員で笑い、全員で泣く、そんな百崎監督佐賀北野球は、優勝時エースで現在はチームを指揮する久保貴大新監督と後輩たちにも受け継がれていく。

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