「学校のグラウンドに甲子園への切符が落ちとる」/ 済美 上甲正典監督

厳しい指導が注目されると、怖さだけが認識され、優しさや笑顔は作りものと批判されることが多いが、ほとんどの指導者が、怒っている時の方が演技なのだろう。

それを象徴するのが、宇和島東済美の両校でセンバツ甲子園初出場初優勝へ導くなどの功績を残してきた、上甲正典監督である。

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試合中に選手たちをリラックスさせるために見せる笑顔が注目され、ファンやメディアからは「上甲スマイル」と称され、名采配の「上甲マジック」と並び代名詞でもあった。

そんな上甲監督ではあるが、練習では厳しさを持って選手たちに接し、過酷なトレーニングや練習メニューで徹底的に鍛えることを続けていた。

事実、上甲監督の考え出したメニューは全国的に見ても厳しくしんどいメニューが多く、中には理不尽なものまで存在していたこともある。

そのため、周囲やメディアからは「スパルタ指導」と批判されたこともあったが、「選手たちを勝たせたい、成長させたい、」という思いがあり、決して力ずくの指導ではなかった。

選手たちは、高校野球の時間より、卒業後の社会生活の時間の方が遥かに長いため、会社や仕事、親になった際に役立つような、挨拶返事感謝の気持ちを持つことなど、を野球を通し学ばせ、人として成長させていたのだ。

大切な教え子だからこそ、楽や甘さだけで接しずに、敢えて厳しさを持って接し、嫌われたり批判をされるのを覚悟し、怖い監督を演技し続けていたのだろう。

それを象徴するかのように、人数が足りなければ自ら練習に加わったり、大会前には選手たちと温泉に行ったりするなど、常に選手たちのためになる行動をしていた。

多くの教え子を野球人としてだけでなく、人として育て上げたからこそ、数々の結果を残すことができたのだろう。

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