「これが大事というのはなく、全部大事と考える」/ 広陵 福田周平選手

2010年の甲子園に春夏連続出場し、センバツでは4強進出を果たした、広島県の広陵高校。

当時、チームの主将を務めていたのは、主に1番二塁手として出場し、攻守にわたる活躍でチームを引っ張っていた福田周平選手である。

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「一番行きたい場所は甲子園だけど、一番いいグラウンドは母校のグラウンドです」/ 広陵 中井哲之監督

毎年100人前後の部員を抱えながらも、選手たち全員の監督、教師、父親の三役を担う中井哲之監督の指導こそが、広陵の強さの秘訣である。

高校野球の名門では、伝統や実績がプレッシャーとなれば、自然と野球の指導だけに熱が入り、生徒指導や人間形成にまで時間を割けず、不祥事を招くことは少なくない。

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「野球ができるのもお父さんとお母さんのおかげ」/ 広陵 上本崇司選手

2008年の夏、前年準優勝校として徹底マークをされながらも県大会を勝ち抜き甲子園出場を果たした、広島県の広陵高校。

当時、チームの1番打者を務めていたのは、前年の準優勝にも貢献し、3年夏には史上初の兄弟揃って先頭打者本塁打を記録するなどの活躍を見せた、上本崇司選手である。

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「相手の一番のボールを打ち返したい」/ 広陵 中村奨成選手

2017年の夏の甲子園で、驚異的な打撃力で勝ち進み、4度目となる準優勝を成し遂げた、広島県の広陵高校。

当時チームの4番捕手を務めていたのは、夏の甲子園最多本塁打記録となる6本塁打を放つなどの活躍を見せた、中村奨成選手である。

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「どうしたらいいのかと考え、変えていくことが上達するために大切なこと」/ 広陵 中井哲之監督

1911年の創部後、センバツで3度の全国制覇、春夏合わせて40回以上の甲子園出場を記録している、広陵高校。

そんな伝統あるチームを指揮しているのが、選手時代に広陵のユニフォームを着て、春夏甲子園出場を果たした経験を持つ、中井哲之監督である。

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「『2番で良かった』、という人生を送っていこう」/ 広陵 土生翔平選手

2007年の夏の甲子園で、後のプロ野球選手4人を擁したメンバーで、準優勝を成し遂げた、広島の広陵高校。

当時主将として、広陵高校を40年ぶりに夏の決勝へと導いたのが、後にプロ入りを果たした、土生翔平選手である。

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「三年間で付き合いが終わるような指導はしない」/ 広陵 中井哲之監督

甲子園んでは、センバツ大会を3度制し、春夏合わせて7度の準優勝を記録している広島の名門・広陵高校。

そんなチームを指揮するのは、広陵OBであり甲子園出場経験もある中井哲之監督である。

中井監督の指導は、「監督」である前に「教師」であるという考えから、野球ではなく、人を育てることに力を入れている。

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「一人一役全員主役」/ 広陵 中井哲之監督

甲子園で70を超える勝ち星を挙げ、3度の全国制覇を誇り、7度の準優勝を記録する、広島県の広陵高校。

大正、昭和、平成のいずれの時代も甲子園の決勝進出の実績があるだけでなく、数々の名選手やプロ野球選手も輩出している。

県や中国地方だけでなく、高校野球界を代表する名門である。

そんなチームを作り上げているのは、広陵OBであり、選手時代にも甲子園出場経験もある中井哲之監督である。

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