「負ける明確な理由がないのだから、あらゆる手を尽くして勝ちを探すのだ」/ 米子東 紙本庸由監督

第1回大会が開催された大正4年から、一度も欠かすことなく夏の甲子園予選会に出場している数少ない「皆勤校」でもある、鳥取県の米子東高校。

昭和35年のセンバツでの準優勝を筆頭に、甲子園でも多くの勝ち星も記録し、春夏合わせて20を超える出場回数は、山陰地方ではトップレベルである。

昭和の30年代や昭和の終わりから平成初期にかけては甲子園常連校として、躍進していたものの近年は、甲子園から遠ざかり、夏は平成20年から6年連続県大会初戦敗退など低迷しつつあった。

そんな名門を指揮し、就任から僅か5年で甲子園へチームを導いたのが、OBの紙本庸由監督である。

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紙本監督は、甲子園出場を果たすために、科学的な根拠や合理性を追求した練習や取り組みを行なっている。

県内有数の進学校でもあり、部員数も決して多くない米子東の環境を考慮し、練習の質を高めることを、選手全員に意識させている。

また、見切り発車で目標に向かって漠然と努力させるのではなく、目標から逆算して、取り組むべきことを細分化し、無駄や遠回りを極力減らすようにしている。

選手が「強打者」という目標を掲げた際にも、スイングスピードや打撃フォームを向上させるだけでなく、身体の使い方や、体格を大きくするための食事の仕方なども学ばせるなど、根本から物事を考える習慣を身につけさせている。

指導者の知らない分野であっても、練習の質が向上すると判断すれば、専門家を招いて意見を聞くようにするなど、監督自らも日々勉強をしている。

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そして、練習メニューの向上と同時に、練習へのモチベーションの向上も目指している。

質の高い練習で最大限に成長するためには、人から指示されて動くのではなく、自ら動くことが必要と考え、自発的に動ける選手を育てている。

練習ごとに数字や憧れの人物を一人一人の「モチベーション」にさせながら、自らが目標に対して足りていないものを考えさせるなどの工夫も凝らしている。

日ごろの練習で身についた「考える癖」や「根本を見る力」は、試合で「対応力」という武器にもなるなど、プラスに働いている。

目指すべきゴールや、根拠のある練習を続けたことで、平成30年の秋には地区大会で準優勝を成し遂げ、翌年には春夏連続で甲子園出場を果たせたのだろう。

強豪私学などが活躍しつつある現代の高校野球に対しても、「正しい努力」と「高い志」を自信に挑戦を続ける名門から目が離せない。

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